手塚治虫のブッダを読みながら
ふと思ったことのひとつ
ダイバダッタについて
ダイバダッタはブッダへの嫉妬から
アジャセ王と結託してブッダを亡き者にしようと企むが、失敗
生きながら無限地獄に落ちたとされる
そして
漫画の中では
彼(ダイバダッタ)の生い立ちが描かれているのだけれど
どれが史実でどれがフィクションなのかわからない
奴隷の子は奴隷として生まれ
王族の子は王族として生まれ
悪人の子は悪人として生まれる..?
制度や環境 教育が
人を聖人にも育て
悪人にも育てる
最初から悪人など いない
漫画の中でのダイバダッタは
幼少期から愛情に飢え
いじめられ
弱肉強食の原理から
人を殺してでも自分の欲を貫くことを覚えて行った
悪人ではあるけれど
私はむしろダイバダッタが気の毒に思えた
手塚治虫がブッダを通して
言いたかったことは・・・
観念論とか精神論ではなく
ひとつの現実を変革できる可能性として
自分の中に石がひとつ波紋を残して
沈んで行った